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ドルトムントの空に

4年前、雨の宮城スタジアム、トルコ戦。
最後まで走り続けた背番号7がいまだに忘れられない。

そしてドルトムントでの中田英寿、きっと忘れないだろう。

試合が始まる前、彼はいつも通りひとりでリフティングをしていた。
この姿を「孤立」なんて書かれたこともあったなぁ。
確かに彼は「孤独」なのかもしれない。
でも「孤立」とは違うんじゃないかな。

ブラジル代表よりも遥かに長い時間をかけてアップをした日本代表。
そのチーム練習が終わった後も、NAKATAはピッチに残って
ボールの感触を確かめていた。

いつもだったらもっとフリーでシュート練習をするのに、この日
彼が最後まで続けていたのは、何でもない基本的なパス交換。
 
 
その相手は、宮本恒靖。
 
 
無念の出場停止で悔しい想いをしているキャプテンは、NAKATA
の練習相手を勤めることで自分を納得させたのだろうか?

それともこの日は宮本くらいしか、特別なオーラを出しまくる
NAKATAの練習相手を勤められなかったのかもしれない。

この日2人の間に特別な何かがあったかどうか、知る由も無いが、
どちらにしても、印象的なペアだったことには違いない。
 
 
この日もNAKATAは前線から最終ラインまで、走り続けた。
もちろんすべてが完璧なプレーだった訳ではない。
時には通らないと判っているパスをあえて出していた。

相手がバロンドールの10番でも、前回大会の得点王でも、
NAKATAは全く遠慮なくチェックにいった。何度も何度も。

そりゃ、NAKATAのシュートが見たい、キラーパスが見たい。
彼だってシュートを打ちたいし、パスを通したいだろう。
けど、その為には繰り返し、遠慮なく、厳しく相手を追い込む
必要があったし、NAKATAはそうしていた。
だから彼には見せ場なんてほとんどなかったし、
それが現実だった。
 
 
そうして90分が過ぎていった。
 
 
終了のホイッスルが鳴ると、彼はブラジル代表の選手たちと
ひととおり握手を交わし、
その後センターサークル内に腰を下ろし、天を仰いだ。

他の全選手がサポーターに挨拶に向かっても、NAKATAは動かない。
彼の今日のベッドがそこであるかのように、横たわったまま。
 
 
その姿に気づいて最初に寄って行ったのは、やっぱり宮本だった。
声をかけたのだろうが、まったくNAKATAは動かない。
宮本は心配しながらも、キャプテンとしての責務を果たすため、
サポーターへの挨拶に合流する。
 
 
挨拶を終えた選手たちが引き上げ、スタッフが駆け寄り、
宮本が再び彼に近寄る。
 
 
それでもNAKATAは動かない。
 
 
それまで他の選手の写真撮影に必死だったサポーターたちも、徐々に
センターサークルの背番号7に気づき始める。
 
 
5分が経つ。
 
 
出場しなかったブラジル代表のトレーニングが始まる。
心配したかつてのチームメイト、アドリアーノがNAKATAに駆け寄る。
心配そうに声をかけるが、それでも彼は動かない。
 
スタンドからはヒデ・コールが始まる。
 
 
怪我なのか、
無念さなのか、
虚脱感なのか、
スタンドからはわからない。

もしかしたら、ドルトムントの空が滲んで見えていたのかもしれない。
 
 
 
10分が経った。

 

スタッフに促されたNAKATAは、負傷した左手をかばいながら、
ようやく、起き上がった。
 
 
 
その後彼は、ゆっくりと私たちのいるスタンド前に向かって歩き始めた。
悲鳴にも似たヒデ・コールの中。

そして彼はサポーターの声援にお礼をした。
かつて見たことが無いほど丁寧に。
 
 

いつもの彼は、試合後サポーターに挨拶をしない。

ほとんどいつもインタビューのターゲットにされているし、
そうではなくても挨拶をすることは少ない。

それはサポーターを軽視している訳ではないのだと思う。
いろんな捉え方ができるとは思うが、少なくとも私はそう思う。

ただプロとして、全力でプレーし、彼の思う良いサッカーを見せること
こそがサポーターに対する義務だと思っているのではないか。
そして、本当に目標とする大会が終わった時、その時こそ、きちっと
挨拶をしようと決めていたのではないか。
そう感じた。
 
 
彼は日本代表でも、意図的にNAKATAであり続けたんだと思う。
どんなに強い相手にも、どんなに弱い相手でも、
いつもNAKATAであり続け、対等に戦い続けた。

そんなNAKATAであり続けた4年間が終わったことを、
彼はドルトムントの空を見ながら感じていたのだろうか。
どんな空に見えたのだろうか。

僕らがそうであったように、真っ黒な夜空が真っ白な空間に見えて
いたのだろうか。
 
 

彼がスタンド前に挨拶に来た時、私も妻も泣きそうになった。

まわりにも同じようなサポーターがたくさん居た。
何でなのかは自分でもわからない。

今日私たちの前にあいさつに来たのは、プレイヤーNAKATA
ではなく、一人の日本人、中田英寿だったのかもしれない。

一時だけ人間的な表情としぐさを見せた彼を見て、そう思った。

そしてこれからもまた、彼を応援したくなった。

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※J-WAVE GMT ドイツ特派員ブログより抜粋

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