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”握る力”ふたつ。

20081226034036細くても、
長めの指。

小さくても、
きれいな形の爪。

BAYの人差し指を
力強く握り締める、
しわしわの手。

ふたつの
”握る力”に
感謝した夜。

 

 

 

予定日から1週間近くが経ち、
世の中はイヴを過ぎてクリスマス。

「その日まで産まれなかったら・・・」の
その日が、やってきた。

 

15時に入院した妻。

何も無ければ翌26日午前に陣痛促進剤が
出番を迎える予定だった。

それを知ってか知らずか、
我が子はきっちりと帳尻を合わせるように、

そして妻が病室にスタンバイするのを
あたかも待ちわびていたかのように、
我が子は本格的に動き出してくれた。

 

それまで”これって陣痛?””ただの張り”と
半信半疑を繰り返してきた妻も、
16時半頃からの我が子の動きに陣痛を確信。

 

19時過ぎ。
クリスマスでありながら快く送り出してくれる同僚や先輩に
感謝しながら、会社を後にするBAY。

クリスマスに仕事を早退するなんて、
ある意味絶対に忘れないクリスマスになりそうだ。

 

21時前にBAYが病院に付いた頃、
既に妻の陣痛は、通常なら入院の目安となる5分間隔に。

男にできる数少ないサポートを続けながら、
「お産は長丁場。前半は抑え目に。」
という仲間からのアドバイスを想い起こす。
(何せ国体3位のサラリーマンレーサーからのアドバイス、
守らないわけにはいかない。)

「これが何十時間続いても平気。」
自分の中ではそう思ってるけど、
人生最大の痛みと闘う妻の傍で、そんなこと言えるはずもない。

ありきたりだが、
こんなとき、男は本当に無力だ。
何もしてやれないもどかしさと、
応援する気持ちを表現できない悔しさ。
ただただ心の中で、妻と我が子を支え続けることしかできない。

わかってはいるけれど、現実はありのままに現実なのだ。

 

陣痛室を助産師さんが訪問すること数回、
妻の叫びがそろそろフロア全体に響き渡るボリュームに
達しようかというその頃、
ようやくその部屋の扉が開いた。

 

『分娩室』。

たった3文字のその部屋には、
頑丈な鉄扉が2枚も備え付けられている。
そう簡単には音が漏れないのは当たり前だが、
BAYにとってその2重扉が、色んな意味を持つように感じさせる。

妊娠がわかってからここまで、
妻は多くの不安と痛みと闘ってきた。
きっと同じだけの不安と痛みを、我が子も分け合ってきた。

ふたりにとっての最終目的地ではないけれど、
この10ヶ月間、
この部屋を目指して頑張ってきたことは確かなのだ。

もちろん痛みに苦しむ妻にそんなことを振り返る余裕など、
微塵もあるはずがない。

 

この扉の中でこれから始まるドラマは、
平凡であればあるほど有難い。

ごくごくありきたりのラストストーリーであって欲しい。

そう願いながら、2枚の扉を開けた。

  

 

先生と助産師さんが我が子を抱き上げてから、
5分もしないうちに、妻は我が子を抱きしめた。

恐る恐る、抱きしめた我が子を見て、妻は泣いた。

まだまだそこでも我が子である実感には至らないようだったが、
我が子の温もりが、激痛と疲れとでパニックだった妻を、
現実の喜びの世界へと引き戻してくれた。

 

BAYは泣かなかった。
正確に言えば、泣きそうだったけど、何とか。

どうしても、笑顔で迎えたかったから。
我が子には、いつも笑顔で過ごす人間に育って欲しい。
自分も、周りも、笑顔溢れる人々の中で生きて欲しい。

だからこの世で最初に逢うふたりがふたりとも泣いていたら、
そんな我が子の人生には相応しくないんじゃないかと思って。

激痛に耐えた妻に”泣くな”と言うのは酷の極み。
だったら何にもできない父親くらい、笑って迎えてあげようと。
我が子だって、強烈な痛みをくぐりぬけて、BAYと逢うのだから。
これからは楽しい毎日が待ってるよ、って。

 

 

 

我が子を産んで、妻が最初に発した言葉は、

『生きてますか?』

だった。

泣きながら、
自分が本当に我が子を産んだのかが信じられないまま、
助産師さんに向けて必死の想いで発した言葉。

この言葉に、妻の出産への願いが凝縮されている。
妊娠した時から、いや、妊娠を望んでいた頃からの
我が子への全ての想いが詰まった、心からの一言だった。

 

 

出産から1時間もしないうちに、
BAYも我が子を抱きかかえた。

そしてその小さな小さな手のひらの中に、
BAYの指をたった1本、差し出してみた。

初めて空気に触れた我が子の手はしわくちゃで、
本当に神経が通っているのかを疑うほどの細さ。

でも、
我が子は驚くほどの力強さでBAYの指を握る。
まるで、妻の質問に答えるかのように、
しっかりと指を握る。そして離さない。

その握る力には明らかに”意志”があり、
それはきっと”生きる意志” なのだと感じた。

髪の毛が生えていることも、
目を開けてくれることも、
もちろん泣いてくれることも、
立派な立派な「生きている証し」であるけれど、

BAYにとってはこの”握る力”こそが、
正真正銘の「証し」に感じられるのだ。

我が子へ、ありがとう。

  

 

そしてもうひとつの、ありがとう。

本当に頑張ってくれた妻への、ありがとう。

 

分娩台の上で、
妻が痛みにのた打ち回り、
苦しみを叫びに変えて暴れることは予想していた。

予想していた割には、
(妻の頑張りによって)常識的な範囲でお産は成った。

だけど、BAYが妻を傍らでサポートしていて驚いたのは、
声でも表情でも言葉でもなく、
分娩台のレバーを握り締める、その”握る力”だった。

 

妻が本気で怒るところも、
妻が本気で泣きじゃくるところも、
妻が本当に楽しそうに笑うところも、
幾度も幾度も見てきた。

けど、思えば、
妻が本気で全ての力を結集する姿なんて、
見たことが無かった。

ある意味当たり前のことで、
出産と同じくらい力を入れることなんて、あり得ない。

だから、それまで「まだいきんじゃダメ!」と言われ続けた助産師さんから、
「次はいきんで良いですよ」という待望の言葉が聞こえたその時、

レバーを握り締める妻の両手から一気に血の気が引いていった
その手を見て、そんな妻の姿を見て、BAYは感動した。

 

母の”握る力”に驚き、感動し、
子の”握る力”に驚き、安心した。

そしてふたりの”握る力”に、ただただ感謝した夜。

20081226034102

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ありがとう。

ありがとう。

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